| 年 |
月 |
日 |
ダイバー歴 |
| 1989 |
07 |
某日 |
スキューバダイビングに無知な私はどうすればダイビングが出来るのか知らないまま某ダイビングショップを訪れ、「ダイビングするには器材を買っていただかないと始められませんから」とキレイな女性スタッフにススメられるがまま、その日のうちに、OWDコースフィー+器材一式総額60万円のローン契約をして申し込む。 |
| 07 |
28 |
初めての学科・プール講習。 プール講習するとは聞いていなかったため、その場で海パンを買って急場をしのぐ。 |
| 10 |
07 │ 08 |
OW講習。記念すべき初ダイブがこれからの前途多難を物語るように海は大荒れ、水中はみそ汁状態。ほとんどスキル達成した途端エキジット。水中の楽しさもわからないままCカード取得。
この時バディだった人がすぐにアドバンスを受けると聞き、私もつい申し込む。 |
| 11 |
11 │ 12 |
AOW講習。OW講習とはうってかわって快晴、海況もバッチシ。あまりの楽しさにツアーを申し込む。 |
| 11 |
19 |
三重県熊野に初ファンダイブ。しかし、EX後のあまりの寒さに凹む(T0T)。 |
| 1990 |
02 |
14 │ 23 |
アルバイトの友人とサイパンへ長期旅行。 普段考えられない、稀有な体験をいっぱいしましたが、なによりも日本の海では味わえない吸い寄せられそうなコバルトブルーの世界、「グロット」の地形のダイナミックさと光のコントラストに魅せられてダイビングにはまる。 日本へ帰る頃には現地人に間違えらえるほどの日焼けをして周囲から「腹グロ!」と指さされる。 |
| 08 |
05 |
兵庫県竹野に風邪をおして潜った時にウィルスに感染し内科→外科→耳鼻咽喉科とたらい回しにさせられて結果、急性リンパ節炎と診断。 約1ヶ月間絶対安静の状態で身体的にも経済的にもアップアップとなり、「海の男」になるために尾道海技学院に予約までしていた、船舶1級免許取得を諦める。 |
| 10 |
28 |
ノンダイバーの友人を連れ和歌山湯浅で勝手にダイビングをする。 しかしAOWの私は「人を連れて行って何か遭ったらどうしょう?」と水中でパニック寸前。 これはスキルアップしかないと思う。 |
| 11 |
03 │ 04 |
RD講習。 オッチャン2人と2日ともずっと雨の中での講習をやりきる。 |
| 1991 |
08 |
24 │ 28 |
アマチュアダイバークラブ「BIGWAY」のツアー開催。 参加人数10名(うちダイバーは4名だけ)でお揃いのTシャツを作って意気揚々の筈がこれにてポシャる。 アマチュアには限界のあることを実感。 |
| 1992 |
06 |
25 |
兵庫県竹野にまたもやノンダイバーを連れて行き、勝手にダイビング。しかし圧平衡の仕方をうまく教えられず、さらに"プロ"への気持ち高まる。 |
07 │ 08 |
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DM講習を受ける。 学科は予習していたので良かったが問題はスタミナ、全然ついてけてない。日頃の精進しなかったことを悔やむ。 |
| 09 |
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DM講習の課題の水中地図作成のため足繁く海に通う。 しかし海に入れるのは行ってみてのお楽しみ──入れるのは五分五分。 潜れず海を眺めて帰りに城崎温泉に入って帰ること数回。 受講した方々とスケジュールが合わず、自由人ギャンブラーにメジャーを持つのを手伝ってもらって水中地図完成! |
| 10 |
08 |
ついにDM認定。 |